作家の堺屋太一さんが2019年2月8日の午後8時19分に、多臓器不全のため東京都内の病院でなくなりました。

そこで今回は堺屋太一さんの

  • 学歴や経歴(職歴)
  • 年収(収入)
  • 家族構成
  • 本名
についてとりあげます。

堺屋太一さんって本名ではなかったんですね。

Sponsored Links

堺屋太一の学歴・経歴(職歴)


堺屋太一のプロフィール
  • 名前:堺屋 太一(さかいや たいち)
  • 本名:池口  小太郎(いけぐち こたろう)
  • 生年月日:1935年7月13日
  • 年歴:83歳(2019年2月)
  • 出身:大阪府大阪市
  • 高校:大阪府立住吉高等学校
  • 大学:東京大学経済学部卒
  • 職業:作家、小論家、早稲田大学日本橋キャンパスインテンダント

堺屋太一さんの学歴

堺屋太一さんは、谷町に近い大阪市岡山町(現在の中央区玉造)の生まれ。

父は早稲田大学卒業した弁護士で、母は奈良県県出身の呉服商「いとさん」(令嬢)

裕福な幼少時代を過ごしたのではないでしょうか?

小学校は陸軍の師弟が多く通う阪偕行社学院(現追手門学院小学校)(小学校59期)に入学したものの、

1945年(昭和20年)3月の大阪大空襲で玉造の自宅が焼けてしまい、父の実家の奈良県御所市に転居し名柄小学校に転入した。

小学校を卒業後に名柄中学校に進むが、大学進学を考えると大阪の方が有利と考え、高校受験のため大阪市立昭和中学校に越境入学しました。

戦時中の人物だけあり、激動の幼少期を過ごしています。

1951年(昭和26年)大阪府立住吉高等学校入学、在学中はボクシング部に所属し、モスキート級の大阪チャンピオンになった。

(※モスキート級とは:モスキートとは蚊の意味ですが、アマチュア-ボクシングの体重別階級の一つ。ジュニアの部だけにある階級。45キログラム 以下で、最も軽い。)

階級は軽くてもチャンピオンは凄いですね、文武両道だったんでしょう。

意外なんですが高校時代の成績は飛び抜けて優秀だったわけではなく、1954年に住吉高校を卒業後大学受験に失敗しています。

とはいえ滑り止めの慶応義塾大学の法学部に入学しましたがすぐに退学。

2年間の浪人生活を過ごした後に、1956年に兄と同じ東京大学に合格しました。

浪人中も生活費を稼ぐため建築設計事務所でアルバイトをしながら勉強に励んだこともあり、一級建築士並みの知識があったといいます。

そのセンスは本物で「学生会館設計の学内コンペで1等賞を受賞」したほど。

大学では工学部建築学科に進もうとしたが、教養課程で他分野を学ぶうちに経済学に興味をもち東京大学の経済学部に転入した。

経済学部ではのちに東京大学の総長になる大河内一男教授に師事。「経済学部で3番目の成績」で卒業した。

紆余曲折あったものの、優秀な成績で東京大学経済学部を卒業した堺屋太一さんは、1960年に官僚として社会人生活をスタートさせます。

Sponsored Links

堺屋太一の職歴


東京大学経済学部を卒業後、1960年(昭和35年)4月に通商産業省(現経済産業省)に入省。

同期に、熊野英昭(元事務次官)、松田岩夫、初代経済産業研究所所長の岡松壮三郎らがいる。

1962年の通商白書では世界に先駆けて「水平分業論」を展開。

さらに日本での万博開催を提案、1970年の「大阪万博」の企画・実施に携わり成功を収めました。


2025年に開かれる大阪万博もみたかったんでしょうね。

沖縄開発庁に出向し1975年~1976年の「沖縄海洋博」も担当した。工業技術院研究開発官として3年ほど自然エネルギーに関わるサンシャイン計画に携わった後、1978年に通産省を退官。

高度経済成長期を支えた通産省のお役人として、激務をこなした堺屋太一さん。

実は通産省に在職中の1976年に作家デビューを果たしているんです。

Sponsored Links

堺屋太一さん作家デビュー

堺屋太一さんは通産省に在職中の1975年、近未来の社会を描いた小説『油断!』で作家としてデビューした。

堺屋太一という名はペンネームで、本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)さん。

ペンネームの由来

堺屋太一というペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったもの。(堺屋は屋号にあたるそうです)

Sponsored Links


主な著作はこちら。

著作集

  • 『堺屋太一著作集』東京書籍
第1巻 油断!/団塊の世代 2016
第2-3巻 巨いなる企て 2016
本名での著作
  • 『EEC その経済と企業』(日本能率協会、1962年)
  • 『日本の地域構造 地域開発と楕円構造の再建』(東洋経済新報社、1967年)
  • 『日本の万国博覧会 その意義・計画・効果』(東洋経済新報社、1968年)
  • 『万国博と未来戦略 ビジネスマンのためのガイド』(ダイヤモンド社、1970年)
予測・現代小説
  • 『油断!』(日本経済新聞社、1975年)※のち文春文庫、日経ビジネス人文庫。
  • 『団塊の世代』(講談社、1976年)※のち文春文庫。
  • 『破断界』(実業之日本社、1976年)※のち文春文庫。
  • 『ひび割れた虹』(日本経済新聞社、1978年)※のち文春文庫。
  • 『世紀末の風景』(文藝春秋、1985年)※のち文庫。
  • 『向かい風の朝 小説・空港国際競争』(朝日新聞社、1994年)※のち朝日文庫
  • 『平成三十年』(朝日新聞社、2002年)※朝日新聞に連載。のち朝日文庫。
  • 『活断層』(幻冬舎、2006年)
  • 『団塊の秋』祥伝社 2013
歴史小説
  • 『巨いなる企て』(毎日新聞社、1980年)のち文春文庫
主人公は石田三成。関ヶ原の戦いが起こっていく様をあらたな視点から掘り起こしている。
  • 『峠の群像』(日本放送出版協会、1981-1982年)のち文春文庫
忠臣蔵の話だが、当時の時代背景が分かるノンフィクション風小説。1982年のNHK大河ドラマ「峠の群像」の原作。
  • 『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』(PHP研究所、1985年)のち文庫、文春文庫
秀吉の弟からみた戦国時代。1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」の原作。
  • 『鬼と人と~信長と光秀~』(PHP研究所、1989年)のち文庫
本能寺の変に至る織田信長と明智光秀の心情を、二人の独白という形式で描いている。1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」の原作。
  • 『俯き加減の男の肖像』(新潮社、1995年)のち文庫
  • 『秀吉 夢を超えた男』(日本放送出版協会、1996年)のち文春文庫
1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」の原作。
  • 『世界を創った男 チンギス・ハン』日本経済新聞社、2007年 日経ビジネス人文庫、2011
 1 絶対現在、2 変化の胎動、3 勝つ仕組み、4 天尽地果
  • 『三人の二代目』講談社 2011
米沢藩初代藩主・上杉景勝と毛利輝元、宇喜多秀家の二代目武将をテーマにした小説。全国紙の産経新聞と一部地方紙に掲載。大阪府では産経新聞と大阪日日新聞に重複掲載。
小説以外の社会評論等
  • 『危機と克服の断章』(実業之日本社 1978年)
  • 『80年代の読み方 10年スパンで日本経済を先見する』(祥伝社ノン・ブック 1979年)
  • 『群化の構図 「知恵の文化」が創る日本列島』(実業之日本社、1980年)
  • 『日本人への警告』(プレジデント社、1982年)のち新潮文庫
  • 『峠から日本が見える』(実業之日本社、1982年)のち新潮文庫
  • 『歴史からの発想 停滞と拘束からいかに脱するか』(プレジデント社、1983年)のち新潮文庫、日経ビジネス人文庫
  • 『先取りの群像・大阪 関西過去・未来考』(PHP研究所、1983年)
  • 『次代思考の座標軸』(PHP研究所、1984年)のち文庫
  • 『イベント・オリエンテッド・ポリシー 楽しみの経済学』(NGS、1984年)のち角川文庫
  • 『知価革命 工業社会が終わる・知価社会が始まる』(PHP研究所、1985年)のち文庫
  • 『三脱三創 90年代への備え方 知価革命に何が邪魔で、何が不可欠か』(祥伝社、1986年)のち新潮文庫
  • 『千日の変革 日本が変わる社会が変わる』(PHP研究所、1987年)のち文庫
  • 『現代を見る歴史』(プレジデント社、1987年)のち新潮文庫
  • 『豊国論 日本の未来のために』(ネスコ、1987年)のち文春文庫
  • 『先見後顧』1-3(毎日新聞社、1988-1992年)のちPHP文庫
  • 『新規の世界・転機の日本 「新戦後」90年代を読む』(実業之日本社、1990年9月)のちPHP文庫
  • 『「飛躍の主役」たちとの対話』(実業之日本社、1990年)
  • 『「新都」建設 これしかない日本の未来』(文藝春秋、1990年)のち文庫
  • 『日本とは何か』(講談社、1991年)のち文庫
  • 『日本革質 社会の質を変えねば繁栄はない』(PHP研究所、1991年)のち文庫
  • 『風と炎と』(扶桑社、1992-1993年)のち新潮文庫
  • 『平成不況に克つ手 景気対策緊急提言』(PHP研究所、1993年)
  • 『組織の盛衰 何が企業の命運を決めるのか』(PHP研究所、1993年)のち文庫
  • 『危機を活かす』(講談社、1993年)のち文庫
  • 『世は自尊好縁 満足化社会の方程式を解く』(日本経済新聞社、1994年)のち新潮文庫
  • 『満足化社会の方程式 乱期を解く!』(日本経済新聞社、1994年)のち新潮文庫
  • 『都会国・日本像 大競争世界で栄える道』(PHP研究所、1994年)のち文庫
  • 『「大変」な時代 常識破壊と大競争』(講談社、1995年)のち文庫
  • 『経営創革 自由競争とローコストに向けて 堺屋太一と12人の対話』(実業之日本社、1995年)
  • 『日本を創った12人』(PHP新書、1996-1997年)のち文庫
  • 『創国論』(PHP研究所、1996年)
  • 『「次」はこうなる』(講談社、1997年)
  • 『明日を読む』(朝日新聞社、1997年)「堺屋レポート」文庫
  • 『欣求楽市 戦国戦後半世紀』(毎日新聞社、1998年)
  • 『あるべき明日 日本・いま決断のとき』(PHP研究所、1998年)
  • 『時代末』(講談社、1998年)のち文庫
  • 『明日を診る』(朝日新聞社、1999年)「堺屋レポート」文庫
  • 『歴史に学ぶ「勝者」の組織革命』(集英社文庫、1999年)
  • 『未来への助走 「あるべき姿の日本」を求めて』(PHP研究所、1999年)
  • 『「変革期」の人と組織 歴史に学ぶ』(集英社文庫、2000年)
  • 『明日を想う』(朝日新聞社、2000年)「堺屋レポート」文庫
  • 『堺屋レポート1997-2001』(朝日新聞社、2001年)
  • 『時代が変わった』(講談社、2001年)
  • 『豊かさはどこへ行くのか 日本経済の百年を考える (NHK人間講座)』(NHK出版、2002年)
  • 『明日を企てる12人』(朝日新聞社、2002年)
  • 『日本の盛衰 近代百年から知価社会を展望する』(PHP新書、2002年)
  • 『「平成三十年」への警告 日本の危機と希望を語る』(朝日新聞社、2002年)のち『平成三十年』と改題して文庫化。
  • 『中国大活用 (ビジネスリーダー・シリーズ)』(NTT出版、2002年)
  • 『東大講義録 文明を解く』(講談社、2003年)日経ビジネス人文庫、2010年
  • 『高齢化大好機』(NTT出版、2003年)のち『これからの十年日本大好機』と改題して日経ビジネス人文庫。
  • 『救国12の提言 新しい「かたち」と「きもち」を創る』(PHP研究所、2003年)
  • 『歴史の使い方』(講談社、2004年)日経ビジネス人文庫、2010年
  • 『ブランド大繁盛 (ビジネスリーダー・シリーズ)』(NTT出版、2004年)
  • 『堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る』(PHP研究所、2004年)のち文庫
  • 『「わがまま」のすすめ』(東京書籍、2004年)
  • 『ブランドと百円ショップ 知恵働きの時代』(朝日新聞社、2005年)
  • 『エキスペリエンツ7 団塊の7人』(日本経済新聞社、2005年)のち文庫
  • 『団塊の世代「黄金の十年」が始まる』(文藝春秋、2005年)のち文庫
  • 『堺屋太一が解くチンギス・ハンの世界』(講談社、2006年)
  • 『団塊世代 「次」の仕事』(講談社、2006年)
  • 『CD+テキスト 堺屋太一の日本を創った12人』(PHP研究所、2006年)監修。
  • 『人生の「秋」の生き方 「後半の幸せ」とは何か』(PHP研究所、2008年)
  • 『対話 芸術のある国と暮らし』(実業之日本社、2008年)
  • 『東京タワーが見た日本 1958-2008』(日本経済新聞出版社、2008年)
  • 『大激震 堺屋太一かく語りき』(実業之日本社、2008年)
  • 『凄い時代 勝負は二〇一一年』(講談社、2009年)
  • 『巨富への道 創業の極意を探る』PHP研究所 2010
  • 『第三の敗戦 緊急警告!』講談社 2011
  • 『人を呼ぶ法則』幻冬舎新書 2012
  • 『「維新」する覚悟』文春新書 2013
  • 『戦国時代の組織戦略』集英社 2014
  • 『堺屋太一が見た戦後七〇年七色の日本 自伝』朝日新聞出版 2015
共著
  • 『競争の原理』(竹井出版、1987年)渡部昇一共著。
  • 『新しい日本のために』(講談社、1993年)加藤寛共著。
  • 『21世紀 日米共生の時代 グローバル時代の国家と経済の役割』(PHP研究所、1998年)稲盛和夫と[責任編集]、日米21世紀委員会[監修]
  • 『情報楽市 激動のネット社会を予見する 次はこう動く!!』(扶桑社、1999年)池田純一、泉博史、広瀬克哉、井戸芳之の共著。
  • 『国家百年の計』(致知出版社、2001年)渡部昇一、中西輝政、小野晋也、山本夏彦、林望、多田富雄、村上和雄、唐津一、石井威望、牛尾治朗、中西巌、芳村思風、土屋秀宇共著。
  • 『「官僚」と「権力」 省庁再編はなぜねじ曲げられたか』(小学館、2001年)水野清、榊原英資、岡本行夫共著。
  • 『進むべき道 日本は楽しくなれる』(PHP研究所、2001年)浜田宏一共著。
  • 『日本の正論 21世紀日本人への伝言』(産経新聞社、2001年)渡部昇一、加藤寛、唐津一、曽野綾子、竹村健一、石原慎太郎、西部邁、猪木正道、岡崎久彦、田久保忠衛、西尾幹二、小堀桂一郎、三浦朱門、上坂冬子共著。
  • 『あるべき金融 リスクテイクなくして再生なし』(東洋経済新報社、2003年)刈屋武昭、植草一秀共著。
  • 『どうして売れるルイ・ヴィトン』(講談社、2004年)「堺屋太一と東京大学堺屋ゼミ生」名義。
  • 『日本の社会戦略 世界の主役であり続けるために』(PHP新書、2006年)稲盛和夫共著
  • 『こんな日本に誰がした 日本の危機と希望』(扶桑社、2006年)渡部昇一、岡崎久彦、松田尚士共著。
  • 『松下幸之助経営回想録』(2007年)松下幸之助、堺屋太一の共同名義。
  • 『イベント学のすすめ。』(ぎょうせい、2008年)「イベント学会編 会長 堺屋太一」名義。
  • 『経営者の品格 今こそ問われるリーダーの人間力!』(プレジデント社、2009年)城山三郎、三鬼陽之助、加護野忠男の共著。
  • 『日本 米国 中国 団塊の世代』(出版文化社、2009年)浅川港、ステファン・G・マーグル、葛慧芬、林暁光共著。
  • 『体制維新-大阪都』橋下徹共著 文春新書 2011
  • 『緊急提言日本を救う道』編著 日本経済新聞出版社 日経プレミアシリーズ 2011
  • 『図解大阪維新とは何か』上山信一,原英史共著 幻冬舎 2012
  • 『歴史の遺訓に学ぶ 日本を拓いた偉人たち』渡部昇一共著 致知出版社 2016
翻訳
  • ウイルフレッド・ベッカーマン『経済成長擁護論 終末論を告発する』(日本経済新聞社、1976年)
  • ハワード・J・ラフ『破局に備える ’80年代を乗り切る法』(講談社、1980年)
  • ジャック・アンダーソン『フィアスコ 「油断」への道』(光文社、1984年)
  • ジョン・ディーボルド『アメリカ知価革命 大変革に遅れる組織への警告』(光文社、1986年)
  • ドナルド・L・バーレット、ジェームズ・B・スティール『アメリカの没落』(ジャパンタイムズ、1993年
  • リチャード・クー,ピーター・タスカ、ターガート・マーフィー『未来はいま決まる ビッグバンの予測と現実』(フォレスト出版、1998年
  • ジョン・ケネス・ガルブレイス『よい世の中 The Good Society』(日本能率協会マネジメントセンター、1998年)監訳、佐々木直彦・佐々木純子[訳]
  • ジャイルズ・マレー『対訳 日本を創った12人』(講談社インターナショナル、2003年)
対談
  • 岡田斗司夫『マジメな話―岡田斗司夫 世紀末・対談』(アスキー、1998年)
    引用:wikipedia

著作物が多すぎてよくわかりません。年間どのくらいのペースで執筆したらこれだけ書籍を出版できるんでしょうか。

Sponsored Links

堺屋太一さんの家族構成

着物を着た女性が堺屋太一さんの奥様で、お名前は池口史子さん。

  • 名前:池口史子(いけぐち ちかこ)
  • 生年月日:1943年2月24日 – )
  • 学歴:東京藝術大学美術学部油絵科卒
  • 職業:日本の洋画家、日本藝術院会員
 
池口史子さんは満州国大連生まれの東京育ち。父は満鉄にいた堤禎章(東大工学部卒)さん。

東京藝術大学美術学部油絵科を卒業し、個展やグループ展で作品を発表している。

1975年に作家で評論家の堺屋太一さんと結婚。

洋画家としても有名で、2004年「ワイン色のセーター」で損保ジャパン東郷青児美術館大賞。2012年立軌展出品作「深まる秋」で芸術院恩賜賞 (日本芸術院)受賞しています。

2012年に芸術院会員。立軌会同人のなられています。

夫婦そろって凄い方なんですね、普段はどんな会話をしていたんでしょうか?凡人の私には想像つきません。

二人の間にお子さんがいるという情報はありませんでした。

Sponsored Links

堺屋太一さんの年収


堺屋太一さんの年収は正直わかりません。

官僚や教授職だけでなく、講演会の出演料やら著作物の印税もあります。

最低でも年収は数千万円は稼いでいたはずです。

堺屋太一さんが日本に残した功績を考えるとそれでも安すぎるかもしれません。

下世話な話なのでこれくらいに・・・。

まとめ

今回は2月8日お亡くなりになった堺屋太一さんについてとりあげました。

官僚としても、作家・評論家としても多彩な才能を発揮された堺屋太一さん。

大阪万博をはじめとしたプロデューサーとしても多大な貢献をしてこられました。

こころよりご冥福をお祈り申し上げます。
 
こちらの記事もどうぞ!
Sponsored Links

Sponsored Links